第1章[11] 渋谷姫
渋谷スクランブル交差点を中心に、ミューゾンが大きな輪を作って集まっている。
これから始まるスプライト同士のバトルを観戦するためである。
スプライト同士のバトル観戦はミューゾン達にとって数少ない娯楽のひとつなのだ。
既に日は落ちていたが、交差点の周囲は幾つものスポットライトによって煌々と照らされていた。
ハチ公前広場の近くに、ソウイチロウとミツボ、そしてメイアー・Pの姿があった。
ソウイチロウはパーカーのフードを頭に深くかぶり、黒いマスクを付けて、ポケットに手を入れていた。
今々の段階では、なるべく肌の色を露出しない方が良いであろうという配慮だ。
「今から行われるのは、一対一で行われるシンプルなストリートファイト形式の、デモンストレーション・バトルです」
Pはソウイチロウに説明を続ける。
「バトルに参加するスプライトには専用の制限プログラムをインストールしてデチューンしていますので、スプライトが魔法石に還元されるような事態とはなりません」
「スプライトが死んでしまう程の激しい戦いにはならないってコトっスね」
「はい」
ソウイチロウとPが話をしていると、電車の高架下側に立ち並ぶ群衆が沸き立った。
「ルビーだ! ルビーが来たぞ!」
ソウイチロウが視線を向けると、道路の真ん中をゆっくりと、肩関節を伸ばしながら交差点の中央に向かって歩く一体のスプライトの姿があった。
童顔でやや小柄であり、二つ結びにした髪型もあって、どこか幼さを感じる。
だが、体つきは成人女性のものであり、特に豊かな乳房が作る胸部の膨らみが目立つ。
いわゆるトランジスターグラマーなどと呼ばれる体形である。
スポーツブラにショートパンツ、そしてオープンフィンガーのグローブを身に着けたその姿は、まさに女子格闘家である。
Pがソウイチロウに向かって説明をする。
「彼女の名はルビー。近接格闘を得意とする個体です。ミツボさんの持つ高い身体能力を生かすうえで、彼女の動作は参考になるかと」
「スプライトには個体によって得手不得手があるんスね」
「はい。スプライトの個性を見極めて最適な戦術を立案し、それをプログラミングで実現することが、プログラマーには求められます」
ルビーは不敵な笑みを浮かべている。
これから始まるバトルを楽しもうとする態度が表情に表れていた。
道路脇の群衆達は、ルビーに向かって幾つもの声援を送る。
彼女の人気は相当に高いことが伺えた。
「おぉーっ、カッコイイ! 頑張れー!」
ミツボがルビーに向かって大きな声と共に手を振る。
声援に気付いたルビーは、ミツボに向かって親指を立ててニヤリと笑顔を返した。
ルビーは交差点の中央に立つと、全身のストレッチを始めた。
バトルの始まりが近いのであろう、群衆は興奮しざわつき声も徐々に大きくなる。
そして、しばらくの間をおいた後、
「来た来た来たぁーっ!」「姫様ーっ!」
今度は道玄坂方面から大きな歓声が沸く。
ルビーの対戦相手となるスプライトが登場したようだ。
ソウイチロウのいる場所からは、群衆の影となって、その姿を視認できない。
「対戦相手が到着したようですね。彼女の名はニルビス、この渋谷で最高性能のスプライトであることから『渋谷姫』と呼ばれている個体です」
「――ニルビスって!?」
その名前を聞いてソウイチロウは驚かずにいられなかった。
冷凍睡眠する前に搭乗した、地球防衛共同体のスーパーロボットの名前と全く同じであったからだ。
やがて、交差点の中央にいるルビーに近づく一人のスプライトの姿が、ソウイチロウの視界に入った。
(あの人は!?)
身長はソウイチロウよりも少し高いぐらいであろうか。
腰まである艶やかな長いストレートの黒髪が目を引く。
藍色のコスチュームから露出した肩はとても華奢で、スカートから伸びた脚は細くスラリと長い。
そして、意思の強さを感じさせる、目尻がやや上がり気味の大きな瞳。
それはソウイチロウにはよく見覚えのある少女と瓜二つの姿であった。
「間違いない! あれは、ハナコさんだ!」
CJPで出会った、地球防衛共同体の少女のことであり、スーパーロボットのニルビスの操縦者であり、ソウイチロウの憧れの人物である。
「――ハナコさん、とは?」
ソウイチロウの発した声に、Pが反応を示す。
「あのスプライト、俺の知っている人にメッチャ似てるんス! 地球防衛共同体のメンバーだった人なんスけど!」
単に見た目が似ているだけではない。
ニルビスという名前は、ハナコがパイロットをしていたスーパーロボットと同じなのだ。
「ハナコさんと、あそこに立つニルビス……。全くの無関係だとは、とても思えない」
ソウイチロウの呟きを聞いたPが口を開く。
「スプライトの起源は今となっては定かではありませんが、その誕生には地球防衛共同体が関与していると想像できます。外見や名称などは、地球防衛共同体に関連するものを参考にしていると考えられますね」
そもそも、ソウイチロウが連れているミツボにしても、地球防衛共同体の基地の中で冷凍睡眠していたのである。
Pの推測はあり得る話である。
「……そういうもんか」
そうだとしても、ここまで見た目が同じであると、相手が人間では無いと分かっていても特別な感情を抱いてしまう。
ソウイチロウの視線はニルビスに釘付けになってしまうのだった。
「ねぇ、ミツボ。奥にいるニルビスを見て、お前は何か感じない?」
ハナコとミツボ。
二人によく似たスプライトの間に何か関連性があるのではと、ソウイチロウは考えたのだ。
「うん? ビシィッとしていてカッコイイ、クール!」
「他には?」
「他? うーん……。他には特にないよ!」
「そっか……」
ミツボからは、期待するような特別な答えは得られなかった。
ルビーの前に立ったニルビスは、右手の拳を前に突き出した。
それに対して、ルビーも自分の右手の拳を突き出して、拳同士を軽くぶつけ合う。
それがバトル開始の合図だった。
先に仕掛けたのはルビーの方だった。
ニルビスの懐に素早く飛び込むと、右手の貫手を素早く数発繰り出すが、ニルビスは最小限の動きでそれらをかわす。
「てぇぇいっ!」
ルビーは飛び上がり上段の回し蹴りをニルビスの頭部にめがけて放つ。
ニルビスはスウェーバックの要領で蹴りを避けると、がら空きになったルビーの背中に向けて一撃を入れるために一歩踏み込んだ。
「――!」
その動きはルビーの想定通りだったのだろう。
ルビーは蹴り足とは反対の足で後ろ回し蹴りを繰り出した。
不意を突かれたニルビスは咄嗟に腕で蹴りをガードしたが、そのことによってニルビスから攻撃の勢いが失われた。
「チャンス!」
着地したルビーは間合いを一気に詰めて左右の拳を連続でニルビスに叩きつける。
ニルビスはガードを固めてルビーの連打を受け止め続ける。
「くっ!」
ニルビスは攻撃と攻撃の合間を縫って、右手を横に薙ぎ払った。
その途端、魔法による猛烈な爆圧がルビーに叩きつけられる。
衝撃で吹き飛ばされそうになるところを両方の足で踏ん張り耐えきった時には、ニルビスはルビーの間合いの外へと距離をとっていた。
ニルビスの位置は、ちょうどソウイチロウ達が観戦している場所の正面になっていた。
戦いが始まってから僅か十数秒の間の攻防である。
交差点を取り囲む群衆から歓声が沸きあがった。
「いいぞー、ルビー!」「負けるな、ニルビス!」
(こうして間近で見ると、ますますハナコさんにしか思えない――!)
ソウイチロウの前には、ニルビスの横姿がある。
「ハナコさん!」
ソウイチロウはニルビスに向かって声援を送るつもりで、間違えてハナコの名前を叫んでしまった。
「――えっ!?」
ニルビスはその声援に反応して、ソウイチロウの方を振り返った。
ソウイチロウとニルビスは完全に目が合った状態になった。
これから始まるスプライト同士のバトルを観戦するためである。
スプライト同士のバトル観戦はミューゾン達にとって数少ない娯楽のひとつなのだ。
既に日は落ちていたが、交差点の周囲は幾つものスポットライトによって煌々と照らされていた。
ハチ公前広場の近くに、ソウイチロウとミツボ、そしてメイアー・Pの姿があった。
ソウイチロウはパーカーのフードを頭に深くかぶり、黒いマスクを付けて、ポケットに手を入れていた。
今々の段階では、なるべく肌の色を露出しない方が良いであろうという配慮だ。
「今から行われるのは、一対一で行われるシンプルなストリートファイト形式の、デモンストレーション・バトルです」
Pはソウイチロウに説明を続ける。
「バトルに参加するスプライトには専用の制限プログラムをインストールしてデチューンしていますので、スプライトが魔法石に還元されるような事態とはなりません」
「スプライトが死んでしまう程の激しい戦いにはならないってコトっスね」
「はい」
ソウイチロウとPが話をしていると、電車の高架下側に立ち並ぶ群衆が沸き立った。
「ルビーだ! ルビーが来たぞ!」
ソウイチロウが視線を向けると、道路の真ん中をゆっくりと、肩関節を伸ばしながら交差点の中央に向かって歩く一体のスプライトの姿があった。
童顔でやや小柄であり、二つ結びにした髪型もあって、どこか幼さを感じる。
だが、体つきは成人女性のものであり、特に豊かな乳房が作る胸部の膨らみが目立つ。
いわゆるトランジスターグラマーなどと呼ばれる体形である。
スポーツブラにショートパンツ、そしてオープンフィンガーのグローブを身に着けたその姿は、まさに女子格闘家である。
Pがソウイチロウに向かって説明をする。
「彼女の名はルビー。近接格闘を得意とする個体です。ミツボさんの持つ高い身体能力を生かすうえで、彼女の動作は参考になるかと」
「スプライトには個体によって得手不得手があるんスね」
「はい。スプライトの個性を見極めて最適な戦術を立案し、それをプログラミングで実現することが、プログラマーには求められます」
ルビーは不敵な笑みを浮かべている。
これから始まるバトルを楽しもうとする態度が表情に表れていた。
道路脇の群衆達は、ルビーに向かって幾つもの声援を送る。
彼女の人気は相当に高いことが伺えた。
「おぉーっ、カッコイイ! 頑張れー!」
ミツボがルビーに向かって大きな声と共に手を振る。
声援に気付いたルビーは、ミツボに向かって親指を立ててニヤリと笑顔を返した。
ルビーは交差点の中央に立つと、全身のストレッチを始めた。
バトルの始まりが近いのであろう、群衆は興奮しざわつき声も徐々に大きくなる。
そして、しばらくの間をおいた後、
「来た来た来たぁーっ!」「姫様ーっ!」
今度は道玄坂方面から大きな歓声が沸く。
ルビーの対戦相手となるスプライトが登場したようだ。
ソウイチロウのいる場所からは、群衆の影となって、その姿を視認できない。
「対戦相手が到着したようですね。彼女の名はニルビス、この渋谷で最高性能のスプライトであることから『渋谷姫』と呼ばれている個体です」
「――ニルビスって!?」
その名前を聞いてソウイチロウは驚かずにいられなかった。
冷凍睡眠する前に搭乗した、地球防衛共同体のスーパーロボットの名前と全く同じであったからだ。
やがて、交差点の中央にいるルビーに近づく一人のスプライトの姿が、ソウイチロウの視界に入った。
(あの人は!?)
身長はソウイチロウよりも少し高いぐらいであろうか。
腰まである艶やかな長いストレートの黒髪が目を引く。
藍色のコスチュームから露出した肩はとても華奢で、スカートから伸びた脚は細くスラリと長い。
そして、意思の強さを感じさせる、目尻がやや上がり気味の大きな瞳。
それはソウイチロウにはよく見覚えのある少女と瓜二つの姿であった。
「間違いない! あれは、ハナコさんだ!」
CJPで出会った、地球防衛共同体の少女のことであり、スーパーロボットのニルビスの操縦者であり、ソウイチロウの憧れの人物である。
「――ハナコさん、とは?」
ソウイチロウの発した声に、Pが反応を示す。
「あのスプライト、俺の知っている人にメッチャ似てるんス! 地球防衛共同体のメンバーだった人なんスけど!」
単に見た目が似ているだけではない。
ニルビスという名前は、ハナコがパイロットをしていたスーパーロボットと同じなのだ。
「ハナコさんと、あそこに立つニルビス……。全くの無関係だとは、とても思えない」
ソウイチロウの呟きを聞いたPが口を開く。
「スプライトの起源は今となっては定かではありませんが、その誕生には地球防衛共同体が関与していると想像できます。外見や名称などは、地球防衛共同体に関連するものを参考にしていると考えられますね」
そもそも、ソウイチロウが連れているミツボにしても、地球防衛共同体の基地の中で冷凍睡眠していたのである。
Pの推測はあり得る話である。
「……そういうもんか」
そうだとしても、ここまで見た目が同じであると、相手が人間では無いと分かっていても特別な感情を抱いてしまう。
ソウイチロウの視線はニルビスに釘付けになってしまうのだった。
「ねぇ、ミツボ。奥にいるニルビスを見て、お前は何か感じない?」
ハナコとミツボ。
二人によく似たスプライトの間に何か関連性があるのではと、ソウイチロウは考えたのだ。
「うん? ビシィッとしていてカッコイイ、クール!」
「他には?」
「他? うーん……。他には特にないよ!」
「そっか……」
ミツボからは、期待するような特別な答えは得られなかった。
ルビーの前に立ったニルビスは、右手の拳を前に突き出した。
それに対して、ルビーも自分の右手の拳を突き出して、拳同士を軽くぶつけ合う。
それがバトル開始の合図だった。
先に仕掛けたのはルビーの方だった。
ニルビスの懐に素早く飛び込むと、右手の貫手を素早く数発繰り出すが、ニルビスは最小限の動きでそれらをかわす。
「てぇぇいっ!」
ルビーは飛び上がり上段の回し蹴りをニルビスの頭部にめがけて放つ。
ニルビスはスウェーバックの要領で蹴りを避けると、がら空きになったルビーの背中に向けて一撃を入れるために一歩踏み込んだ。
「――!」
その動きはルビーの想定通りだったのだろう。
ルビーは蹴り足とは反対の足で後ろ回し蹴りを繰り出した。
不意を突かれたニルビスは咄嗟に腕で蹴りをガードしたが、そのことによってニルビスから攻撃の勢いが失われた。
「チャンス!」
着地したルビーは間合いを一気に詰めて左右の拳を連続でニルビスに叩きつける。
ニルビスはガードを固めてルビーの連打を受け止め続ける。
「くっ!」
ニルビスは攻撃と攻撃の合間を縫って、右手を横に薙ぎ払った。
その途端、魔法による猛烈な爆圧がルビーに叩きつけられる。
衝撃で吹き飛ばされそうになるところを両方の足で踏ん張り耐えきった時には、ニルビスはルビーの間合いの外へと距離をとっていた。
ニルビスの位置は、ちょうどソウイチロウ達が観戦している場所の正面になっていた。
戦いが始まってから僅か十数秒の間の攻防である。
交差点を取り囲む群衆から歓声が沸きあがった。
「いいぞー、ルビー!」「負けるな、ニルビス!」
(こうして間近で見ると、ますますハナコさんにしか思えない――!)
ソウイチロウの前には、ニルビスの横姿がある。
「ハナコさん!」
ソウイチロウはニルビスに向かって声援を送るつもりで、間違えてハナコの名前を叫んでしまった。
「――えっ!?」
ニルビスはその声援に反応して、ソウイチロウの方を振り返った。
ソウイチロウとニルビスは完全に目が合った状態になった。