第1章[10] 市長室
ソウイチロウとミツボが通されたのは、渋谷ヒカリエの8階に設えられた市長室だ。
部屋の中には一体のスプライトが立っており、三人が入室すると深々と頭を下げた。
メイアー・P同様にピシッとスーツを着こなすその姿は、ソウイチロウの頭の中にある『秘書像』と完全に合致するものであった。
「どうぞ、こちらへ。クレタリーセさん、お茶をお願いします」
「かしこまりました」
クレタリーセと呼ばれたスプライトはその指示に従い、いったん市長室を後にする。
「どうぞ、おくつろぎください」
二人は勧められるがままに、ソファに腰を下した。
「フカフカだー!」
ミツボはソファの柔らかい座り心地を楽しんでいる様子だ。
(こういう椅子は苦手なんだよな、腰が深く沈み過ぎて……)
常日頃から硬い椅子に座り慣れていたソウイチロウにとっては、ソファの座り心地には違和感があった。
二人の向かいのソファにPが腰を下す。
顔色による印象も多少はあろうが、このように間近で見ると、Pの広い肩幅と険しい表情には改めて威圧される。
「さて……」
Pがそう口を開いてから、数舜ほどの沈黙の時間が流れる。
「……いえ、失礼しました。何分、このような事態をまるで想定していなかったものですから。一体、何から話せば良いものかと悩んでしまいまして」
Pは首の後ろに手を回す。
(この空気、地球防衛共同体の秘密基地で、豊島教授と話を始めた時と同じだ……)
あの時のように、ソウイチロウは自分から話題を振ることにした。
率直に、自分の中にある疑問をPにぶつける。
「とりあえず、俺の身はこれからどうなっちゃうんスか?」
その言葉にミツボが反応する。
「そうだった! ソウイチロウを標本なんかには、させないよ!」
思い出したかのように言うと、ミツボが勢いよく立ち上がった。
「標本……? 一体、なんの話でしょうか?」
Pは驚いた表情をミツボに向ける。
「あー、まずはいったん落ち着こうか。落ち着こう、ミツボ。座って」
ソウイチロウがミツボの肩に手を置く。
ミツボは憮然とした表情を崩さずにソファに腰を下した。
「唐突にスンマセン……。ここに来るまでに、生きてる人間は自分だけだって話題になった際、人間の標本がどうこうっていう話が出たもので」
ソウイチロウは恐る恐るといった声色になって言葉を続ける。
「……で、ぶっちゃけた話、どうなんスか? ……やっぱり、標本コース?」
Pは顔の前で手を激しく横に振って否定した。
「とんでもありません! 勿論、標本になっていただこうなどとは、少しも考えておりませんでした。ソウイチロウさんにはむしろ、我々にお力添えを頂きたいと考えております」
「お力添え……っスか。それはやっぱり、プログラミングの面で?」
「はい」
Pは力強く頷いた。
「我々、ミューゾンとスプライト達の生活は、常にモンスターに脅かされています。我々の生存のためには、地上からモンスターを一掃する必要があるのです。モンスターと対等に渡り合えるスプライト……彼女達に適切な命令を与えることは、我々の生存に直結しているのです」
Pは淡々と言葉を続ける。
「既にお聞き及びかもしれませんが、我々ミューゾンは基本的にプログラミングを不得手としています。やはり、元々がゾンビだからでしょうか……頭脳労働を得意とする個体は非常に限られています。ですから、プログラミングを得意とする仲間が一人でも増えるのであれば、それは大切に扱わせていただきます」
Pがここまで話し終えてから、クレタリーセが三人の前にお茶と茶菓子の栗饅頭を並べ始めた。
(俺がプログラミングが得意じゃなかったら……。どういう扱いになってたんだ?)
ソウイチロウの頭の中に疑問が沸いたが、怖いのであえて聞かないことにした。
「どうぞ、お召し上がりください」
「お菓子だ! いただきまーす!」
Pの声と同時に、ミツボは目の前の栗饅頭を手に取って口の中に放り入れる。
目を細めてモグモグと頬張る様子を見て、クレタリーセの顔には微笑みが浮かんでいた。
このお茶は人間が飲んでも大丈夫なものなのだろうか?
ソウイチロウは出されたお椀に恐る恐る口を付け、少しづつ中のお茶を啜った。
「コレは、本当に普通の緑茶だ……普通に美味しい」
「大災厄の前後に圧縮保存されていた品を先ほど解凍したものですので、お口には合うと思います」
「圧縮保存? データでなくモノを? ……あー、超技術由来の、冷凍保存のスーパー版みたいな感じ?」
「さすがにご理解が早い、仰る通りです」
ソウイチロウは栗饅頭にも手を付けた。
よく知った栗餡の味がソウイチロウの口の中に広がる。
「うん。こっちも美味しい、普通に」
今のソウイチロウにとっては、普通の味であることが何よりもの『ご馳走』であった。
出された茶菓子を平らげたところで、再び三人の会話が始まった。
ソウイチロウはこれまでの経緯を可能な限り詳細にPに伝える努力をした。
「――お話を聞く限り、ミツボさんもソウイチロウさんと同様に、大災厄の前後から眠っていたスプライトだったようですね。どおりで……」
「どおりで、なにー?」
ミツボは不思議そうにPを見上げる。
「……いえ。ブラック・モンスターを単独で倒し得る強力な性能は、リカバリされた個体にはない特有のものではないか……と、思った次第です」
「この時代に稼働しているスプライトは、本来のスペックよりも低いってことっスか?」
「確証はありませんが、あり得る仮説ではないかと」
話を聞いていたミツボが、顔を輝かせてソウイチロウの顔を見上げる。
「じゃあ、私が最強? 私が最強!?」
「個体のもつ単純な性能では……その通りかもしれませんね」
Pの言葉を聞いて、ミツボは表情をにへらと崩した。
一方のソウイチロウは逆に、視線を鋭くして姿勢を正した。
「それって、ハードウェア性能だけで見れば最強かもしれないけれど……ソフトウェアも込みとなると話は違う、ってコトを言いたいんスよね」
ソウイチロウと同じように、Pの表情も険しくなる。
「プログラマーを前にして無礼であることは重々承知した上で申し上げますが……その通りです。今のミツボさんのままでは、複雑な動作は出来ません。少し知恵のあるモンスターを討伐することは難しいですし、スプライト同士の戦いにおいて勝利を収めることも敵わないかと」
「むーっ! 私、強いのにー!」
ミツボがむくれた顔をしてみせる。
「まだ、まともにミツボのプログラムを書いてやったことが無いんで……。でも、ミツボのプログラマーは俺っス。複雑なことも出来るように、俺が変えてみせるっス」
ソウイチロウは胸を張って宣言してみせた。
「それよりも、気になったんスけど……。スプライト同士の戦いって何? なんで戦い合う必要があるんスか?」
ソウイチロウの疑問はもっともである。
ミューゾンとスプライトは一丸となってモンスター討伐に取り組まなくてはならない、という話であったハズだ。
仲間内で争っている余裕など無いのではないか?
「このような不透明な世界を生きる我々は、既知のモンスターだけでなく、未知の脅威にも備えていかなければなりません。その対策の一環として、様々な形式でスプライト同士の競争を奨励しています。そのような活動の中でプログラマー同士が切磋琢磨し、スプライトのプログラム品質を全体的に向上させることが狙いです」
「お互いを仮想敵とみなして対抗策を練ることで、これから現れるかもしれない新たな脅威にも準備しようって話なんスね」
「まさに、仰る通りです」
Pは深く頷いた。
「そういえば間もなく、スプライト同士のバトルが近場で行われる予定です。お二人もご覧になられますか?」
「スプライト達のバトルが見られるの!?」
その言葉にミツボは目を輝かせていた。
部屋の中には一体のスプライトが立っており、三人が入室すると深々と頭を下げた。
メイアー・P同様にピシッとスーツを着こなすその姿は、ソウイチロウの頭の中にある『秘書像』と完全に合致するものであった。
「どうぞ、こちらへ。クレタリーセさん、お茶をお願いします」
「かしこまりました」
クレタリーセと呼ばれたスプライトはその指示に従い、いったん市長室を後にする。
「どうぞ、おくつろぎください」
二人は勧められるがままに、ソファに腰を下した。
「フカフカだー!」
ミツボはソファの柔らかい座り心地を楽しんでいる様子だ。
(こういう椅子は苦手なんだよな、腰が深く沈み過ぎて……)
常日頃から硬い椅子に座り慣れていたソウイチロウにとっては、ソファの座り心地には違和感があった。
二人の向かいのソファにPが腰を下す。
顔色による印象も多少はあろうが、このように間近で見ると、Pの広い肩幅と険しい表情には改めて威圧される。
「さて……」
Pがそう口を開いてから、数舜ほどの沈黙の時間が流れる。
「……いえ、失礼しました。何分、このような事態をまるで想定していなかったものですから。一体、何から話せば良いものかと悩んでしまいまして」
Pは首の後ろに手を回す。
(この空気、地球防衛共同体の秘密基地で、豊島教授と話を始めた時と同じだ……)
あの時のように、ソウイチロウは自分から話題を振ることにした。
率直に、自分の中にある疑問をPにぶつける。
「とりあえず、俺の身はこれからどうなっちゃうんスか?」
その言葉にミツボが反応する。
「そうだった! ソウイチロウを標本なんかには、させないよ!」
思い出したかのように言うと、ミツボが勢いよく立ち上がった。
「標本……? 一体、なんの話でしょうか?」
Pは驚いた表情をミツボに向ける。
「あー、まずはいったん落ち着こうか。落ち着こう、ミツボ。座って」
ソウイチロウがミツボの肩に手を置く。
ミツボは憮然とした表情を崩さずにソファに腰を下した。
「唐突にスンマセン……。ここに来るまでに、生きてる人間は自分だけだって話題になった際、人間の標本がどうこうっていう話が出たもので」
ソウイチロウは恐る恐るといった声色になって言葉を続ける。
「……で、ぶっちゃけた話、どうなんスか? ……やっぱり、標本コース?」
Pは顔の前で手を激しく横に振って否定した。
「とんでもありません! 勿論、標本になっていただこうなどとは、少しも考えておりませんでした。ソウイチロウさんにはむしろ、我々にお力添えを頂きたいと考えております」
「お力添え……っスか。それはやっぱり、プログラミングの面で?」
「はい」
Pは力強く頷いた。
「我々、ミューゾンとスプライト達の生活は、常にモンスターに脅かされています。我々の生存のためには、地上からモンスターを一掃する必要があるのです。モンスターと対等に渡り合えるスプライト……彼女達に適切な命令を与えることは、我々の生存に直結しているのです」
Pは淡々と言葉を続ける。
「既にお聞き及びかもしれませんが、我々ミューゾンは基本的にプログラミングを不得手としています。やはり、元々がゾンビだからでしょうか……頭脳労働を得意とする個体は非常に限られています。ですから、プログラミングを得意とする仲間が一人でも増えるのであれば、それは大切に扱わせていただきます」
Pがここまで話し終えてから、クレタリーセが三人の前にお茶と茶菓子の栗饅頭を並べ始めた。
(俺がプログラミングが得意じゃなかったら……。どういう扱いになってたんだ?)
ソウイチロウの頭の中に疑問が沸いたが、怖いのであえて聞かないことにした。
「どうぞ、お召し上がりください」
「お菓子だ! いただきまーす!」
Pの声と同時に、ミツボは目の前の栗饅頭を手に取って口の中に放り入れる。
目を細めてモグモグと頬張る様子を見て、クレタリーセの顔には微笑みが浮かんでいた。
このお茶は人間が飲んでも大丈夫なものなのだろうか?
ソウイチロウは出されたお椀に恐る恐る口を付け、少しづつ中のお茶を啜った。
「コレは、本当に普通の緑茶だ……普通に美味しい」
「大災厄の前後に圧縮保存されていた品を先ほど解凍したものですので、お口には合うと思います」
「圧縮保存? データでなくモノを? ……あー、超技術由来の、冷凍保存のスーパー版みたいな感じ?」
「さすがにご理解が早い、仰る通りです」
ソウイチロウは栗饅頭にも手を付けた。
よく知った栗餡の味がソウイチロウの口の中に広がる。
「うん。こっちも美味しい、普通に」
今のソウイチロウにとっては、普通の味であることが何よりもの『ご馳走』であった。
出された茶菓子を平らげたところで、再び三人の会話が始まった。
ソウイチロウはこれまでの経緯を可能な限り詳細にPに伝える努力をした。
「――お話を聞く限り、ミツボさんもソウイチロウさんと同様に、大災厄の前後から眠っていたスプライトだったようですね。どおりで……」
「どおりで、なにー?」
ミツボは不思議そうにPを見上げる。
「……いえ。ブラック・モンスターを単独で倒し得る強力な性能は、リカバリされた個体にはない特有のものではないか……と、思った次第です」
「この時代に稼働しているスプライトは、本来のスペックよりも低いってことっスか?」
「確証はありませんが、あり得る仮説ではないかと」
話を聞いていたミツボが、顔を輝かせてソウイチロウの顔を見上げる。
「じゃあ、私が最強? 私が最強!?」
「個体のもつ単純な性能では……その通りかもしれませんね」
Pの言葉を聞いて、ミツボは表情をにへらと崩した。
一方のソウイチロウは逆に、視線を鋭くして姿勢を正した。
「それって、ハードウェア性能だけで見れば最強かもしれないけれど……ソフトウェアも込みとなると話は違う、ってコトを言いたいんスよね」
ソウイチロウと同じように、Pの表情も険しくなる。
「プログラマーを前にして無礼であることは重々承知した上で申し上げますが……その通りです。今のミツボさんのままでは、複雑な動作は出来ません。少し知恵のあるモンスターを討伐することは難しいですし、スプライト同士の戦いにおいて勝利を収めることも敵わないかと」
「むーっ! 私、強いのにー!」
ミツボがむくれた顔をしてみせる。
「まだ、まともにミツボのプログラムを書いてやったことが無いんで……。でも、ミツボのプログラマーは俺っス。複雑なことも出来るように、俺が変えてみせるっス」
ソウイチロウは胸を張って宣言してみせた。
「それよりも、気になったんスけど……。スプライト同士の戦いって何? なんで戦い合う必要があるんスか?」
ソウイチロウの疑問はもっともである。
ミューゾンとスプライトは一丸となってモンスター討伐に取り組まなくてはならない、という話であったハズだ。
仲間内で争っている余裕など無いのではないか?
「このような不透明な世界を生きる我々は、既知のモンスターだけでなく、未知の脅威にも備えていかなければなりません。その対策の一環として、様々な形式でスプライト同士の競争を奨励しています。そのような活動の中でプログラマー同士が切磋琢磨し、スプライトのプログラム品質を全体的に向上させることが狙いです」
「お互いを仮想敵とみなして対抗策を練ることで、これから現れるかもしれない新たな脅威にも準備しようって話なんスね」
「まさに、仰る通りです」
Pは深く頷いた。
「そういえば間もなく、スプライト同士のバトルが近場で行われる予定です。お二人もご覧になられますか?」
「スプライト達のバトルが見られるの!?」
その言葉にミツボは目を輝かせていた。