第2章[0] 緊急会議

渋谷市の運営委員会では、運営の中心メンバーが集まって不定期に会議を行っている。
運営委員会では、その会議をボードミーティングと呼んでいる。

市長であるメイアー・ピーが議長を、クレタリーセが書記を務めている。

二十二時を過ぎてから緊急で開催されたボードミーティングには、ニルビスとルビーの他に、数体のパブリック・スプライトが参加していた。
パブリック・スプライトとは、プログラマー個人に従属せず、運営委員会のメンバーとして活動する個体である。
体制上はピーの直轄下にある。

「こんな時間にボードミーティングを開くなんて、よほどの事があったのね」

口を開いたのは、成人型スプライトのアナだ。
仕事の出来るキャリアウーマンのような風貌の彼女は主に広報活動を担当しており、パブリック・スプライト達のリーダー的な存在でもある。

「なんだか、色々なことが一度に起きちゃったみたいでねー」

ルビーがアナに応える。
彼女の本来の主担当は治安維持である。
今は警備員のような制服を着用していた。

「私もこの場に招集されたってことは、今回の案件は制度や関連する手続きの見直しも視野に入る内容ってことですよね」

茶色のストレートヘアと涼しげの切れ長の瞳が特徴的な成人型のスプライトは、総務担当のクロスラである。
渋谷城の一階受付で各種の手続きを受け付けている彼女は、ミューゾン達と接する機会も多く、高い人気があった。

「…………」

ニルビスは黙って腕を組んで椅子に座っている。
今この場にいるスプライト中で彼女だけが少女型である。
彼女には表立った役割は無く、人前に出ることは稀である。
先ほど行われたストリートファイトはレアケースなのだ。

「……このような時間に集まっていただいて、真に恐縮です」

議長のピーが口を開く。

「先ほどのストリートファイトの最中に、ニルビスさんとルビーさんは目撃しておりますが……。無情の災厄を生き延びた人間が、現代に蘇りました」

「この時代に、生きている人間が!? 本当なの?」

アナの言葉に、ピーは深く頷く。

「彼はコールドスリープによって、今まで冷凍睡眠をしていたとのことです」

ピーはソウイチロウから聞いていた事の経緯を、会議の参加者達に口頭で伝えた。
要約したものの、説明には数十分を要した。

「――なるほどね。そんな方法でゾンビウィルスの感染を回避する方法があっただなんて、本当に驚きだわ」

アナの言葉に、ルビーとクロスラが頷く。

「ソウイチロウ氏の話によれば、彼は冷凍睡眠の以前にニルビスさんと接触があったとの話ですが……」

「うっすらとだけど、覚えているよ。あの時の彼だったんだ……」

ニルビスが遠くを見つめるような目をして小さく呟く。

「本来であれば、貴重な人間のサンプルである彼は、保護動物として市で丁寧に飼育すべきなのでしょう。ですが、彼は高いプログラミング・センスを有しているようです。そこで、彼にも渋谷の市民権を与えて、プログラマーとして活躍して貰おうと考えています」

ピーの言葉に、アナは天井を見上げる。

「そうなると、やることが増えるわねぇ」

アナの言葉を受けてクロスラも軽い溜め息を漏らす。

「ふぅ、そうですね。今の各種制度は、対象がミューゾンであること前提のものになっています。人間を考慮した場合の特例の内容を検討しないと……」

「特例については、必要が生じた都度、臨機応変に対応していくしかないわよ。なにせ前例がないんだから」

ルビーは頭の後ろで腕を組んだ。

「皆さんに面倒をかけることになってしまい恐縮ですが……。スプライト・プログラミングの活性化は、の達成のかなめであると言えます。何卒なにとぞ、ご対応をよろしくお願いいたします」

ピーは場にいる者達に頭を下げる。

「差しあたって、人間の……ソウイチロウさんの市民登録とプログラマー認定の準備は、この後すぐに進めますね」

「恐れ入ります」

ピーはクロスラに対してもう一度、改めて頭を下げる。

「人間の件はおおむね了解したよ。もうひとつ聞きたい、あの児童型スプライトは何なの?」

ニルビスはピーに問いただす。

「何々? 人間の事だけじゃなくて、まだ話があるっていうの?」

アナはピーとニルビスの顔を交互に見比べる。

「つい先日にクール・ジャパン・パーク跡地にしたブラック・ドラゴンですが、今日、たった一体のスプライトによって討伐されました」

「それ、本当なんですか!?」

クロスラが驚きの声をあげる。

「単独でブラック・モンスターを討伐するなんて……。本気モードのニルビスちゃんか、梅田市にいるウーマミスちゃんにしか成し得ないことよ」

信じられないと言わんばかりの表情でアナも続く。

「ソウイチロウ氏と同じように、コールドスリープによって現代まで封印されていた児童型のスプライトが新たに発見されました。個体名はミツボです。ブラック・ドラゴンを討伐したのは彼女だということです」

ピーはソウイチロウがミツボを発見した経緯や、ブラック・ドラゴンを討伐した顛末、そして先ほどのストリートファイトでの出来事を説明した。

「額に三つの魔法石を持つスプライト……。そんな個体の例は聞いたことが無いわ」

アナの言葉にピーが持論を述べる。

「これは推測ですが、新種のスプライトを生み出すための実験体だったのでしょう。確かに強力な個体ではあるようですが、なんらかの理由で封印せざるを得なかったものと考えられます。例えば、スプライトとして致命的な欠陥を有するなど……」

「あんな子が五十年前のあの場にいたら、結果も少しは違ったかもしれないわね……」

ルビーの呟きに、その場にいる全員が沈黙する。

「――ゴメン、今更、過ぎたことを言っても仕方なかったわよね」

「わかるわ、ルビーちゃん。あなたの言いたいこと……」

頭を下げたルビーに対して、アナは同調の意を示す。

「皆さんが同じ想いを抱えていらっしゃることは十分に承知しております。ですが、を迎えるまで、我々は立ち止まってはいられません」

ピーの言葉を受けて全員が深く頷く。

「ソウイチロウ氏がこの時代に慣れるまでの間、様子見の意味も込めて、ミツボさんは彼の元に置いておく予定です。ですが将来的には、ミツボさんにはパブリック・スプライトとして、この渋谷市の直轄下に加わって頂こうと考えています。彼女の潜在能力はプログラマー個人の手に余るものですから」

「それに、人間君がスプライトの性能に頼りきった、へっぽこプログラマーに育ってしまわれても困るしねぇ」

「アナさんの仰る通りです」

ピーの発言に対してニルビスが手を挙げる。
その顔つきはやや険しい。

「既にミツボのプログラマー登録は済んでいるんでしょ? ミツボからプログラマーを引きはがすことが出来るの?」

「具体的な方法や、そこに至るまでのシナリオについては、これから検討します」

「スプライトにとってプログラマーがどういう存在か知っているなら、それがどれだけ難しい話なのか、分かっているよね?」

「……はい」

少しの沈黙の後で、ルビーが口を開く。

「ま、その辺りは追々考えるとして……。放流したばかりのブラック・ドラゴンが早々に討伐されてしまったのも問題よね。計画が狂っちゃうわ。そっちはどう修正するの?」

ルビーの疑問の声にアナが口を開く。

「まだ、目撃情報がチラホラ出始めていたって程度だったわね。それなら、変に間を置かずに、新しいブラック・ドラゴンを同じ場所に放流しちゃいましょうか。実は双子のモンスターでしたっていう設定で、最初から二体いたっていう体にしておけば、それほど不自然ではないわ」

「特に異論がなければ、アナさんの案で進めようと思うのですが、如何でしょうか」

ピーに対して異論を挙げるものはいなかった。

「そういう事なら、ソウイチロウさんのハンター研修期間については、少し長めにスケジュールを組んでおきますね。また、あの二人にブラック・ドラゴンを討伐されてしまっては、同じことの繰り返しになってしまいますから」

「そうですね。それで、お願いします」

クロスラの提案にピーは頷いた。

「本件については情報を整理したのち、改めて議論をさせて下さい。何か意見のある方はいらっしゃいますか?」

ピーの言葉にアナが手を挙げる。

「ちょっと、いいかしら。今までの話とは別件なのだけどね? 一件、気になる内容の噂話があって」

「気になる内容の噂……とは?」

「黄金色に輝く巨大な人型のモンスターが、港区の辺りをうろついているらしい、って話……」

話の内容を聞いたニルビスが立ち上がる。

「その特徴……まさか、不滅の巨人、アルド!?」

「ちょっとちょっと! アイツが次に復活するのって、十年以上は先のハズでしょ? 計算が合わなくない?」

驚いたルビーの目が見開かれた。

「アルドの再生周期の加速……やはり、の到来が近づいている事と関係があるのでしょうか?」

クロスラの疑問に答えられる者は、その場にはいなかった。

「まずは噂の真偽の確認が必要でしょう。アナさんは情報の精査を、ルビーさんは現地調査を進めてください」

ピーの指示を受けた二人は深く頷いた。

「現地調査には私も同行させて欲しい、ルビーさん。イングラムとマユも連れて行く」

「オッケーよ、ニルビスちゃん」

「それでは、本日の緊急会議はこれでいったん終了とします」

こうして、深夜に開かれた緊急会議はいったん解散された。