序章[9] 星に願いを

「……で、コレがそのコールド・スリープのためのカプセルっスか」

「そーゆーコト」

ソウイチロウと豊島としま教授、一関いちのせき博士の三人は場所を移り、日焼けマシーンや酸素カプセルを連想させるような、大人の人間まるまる一人分が入りきる程度の大きさのカプセルの前に立っていた。
カプセルには端末コンソールが設置されており、複雑な機械であることを想像させる。

「体内のウィルスが死に絶えるまで、この中で冬眠するってワケか……」

ゾンビ・ウィルスに感染したソウイチロウの命を救う方法――それは、ゾンビ・ウィルスに体を支配される前に、体を超低温状態にしてしまう事であった。
ウィルスは摂氏マイナス百度以下の環境下では人体を認識できないことが、過去の実験により明らかになっていた。
そのため、ウィルスに感染した後であっても、体温を摂氏マイナス百度以下にすることで、体内に侵入したウィルスは活動を停止する。
そのままウィルスが死滅するまで待てば、ゾンビ化を防げるという寸法だ。
無論、人体をそのまま冷やせばたちまち凍死してしまうが、コールド・スリープの技術を用いれば、人体を超低温状態にしたまま生命を維持することが可能であった。

問題は、ソウイチロウの体内からウィルスが完全に死滅するまで、どれだけの期間がかかるか不明であるという点だった。
一関博士によれば、短くても半年、長ければ数年はかかるであろうという見積である。
しかし、それは過去の実験結果からの目算でしかなかった。
最新のゾンビ・ウィルスの性能が明らかになっていない以上、十年単位での冬眠が必要になる可能性もあった。

(ゾンビになるくらいなら、浦島太郎になる方が遥かにマシ。分かっているハズなのに)

説明を受けてから、頭の中ではとっくに整理がついている。
しかし、ということの想像イメージができず、ソウイチロウを今一歩で踏みとどませるのであった。

「先ほども説明した通り、この装置の安全性については実証済みだ。ちゃんと冬眠状態から蘇生できるから、そこは心配しなくて良い」

豊島教授がソウイチロウの肩を叩く。

「これもやっぱり、裏で魔法が絡む技術が使われているんスよね?」

「その通りだ。このカプセルには専用のが使用されている。だから、この秘密基地にもしもの事があっても、機能停止の事態に陥ることはない」

「魔法石?」

豊島教授の言葉の中に知らない単語があったことで、ソウイチロウは首をかしげる。

「異世界で採取される、魔法の原動力となる宝石のことだ」

「アタシのスマホにもが付いているよ。無限バッテリーとしか仮想無線通信とか、色々便利なんだよね~、コレ」

一関博士がスマートフォンを取り出してソウイチロウに見せる。

「このドングルに付いてる宝石が、そうっスかね?」

スマートフォン本体の下部に取り付けられた小型のUSBメモリのような小さな装置には、米粒程度の大きさの、赤く輝く小さな宝石が埋め込まれていた。

「コレよりもグレードの高い魔法石が、このカプセルでは使われているよ。こう見えてかなり高性能なんだよ、このカプセルは。耐久性について言うと、一度スイッチを入れてしまえば、がない限り破壊は不可能。核爆発の直撃を受けたとしてもね。逆に言えば、通常の科学力だけでは、如何いかなる手段を持ってしても、冷凍睡眠を解除できないってコトだけど」

一関博士の説明を聞く限り、機器の故障を心配する必要もなさそうだ。

「後は、俺の覚悟次第ってワケか……」

ソウイチロウは小さく呟いた。
彼が戸惑い続けていると、背後にあった自動ドアが開いた。

「あっ! いたいたー!」

「良かった、間に合ったみたい!」

そこには、ハナコとミツボが手を繋いで立っていた。
ハナコはTシャツにジーンズといったラフな格好で、ミツボは白いワンピース姿だ。
不思議なもので、今の女の子の格好をしているミツボは、ちゃんと女の子だと認識できた。

「ハナコさん! ミツボちゃん!」

このような時、少しでも見知った人が近くにいるのは心が安らぐものだ。
走り寄って自分の足にガシッとしがみついてきたミツボの頭に、ソウイチロウはポンと手を置いた。

「いや~。なんか、とんでもない事になっちゃたみたいで」

ハナコが目の前にいるのである。
ソウイチロウはわざと声を明るくして、強がってみせた。

「って、そういえば……?」

ソウイチロウはひとつのことに気が付いた。
あの爆撃の中には、ハナコとミツボ、この二人もいたのである。
ということは――。

「豊島教授! もしかして、この二人も俺と一緒に冬眠するんですか!?」

冬眠するのが自分一人だけではないのなら、恐怖も少しは安らぐというものである。

「いや。我々地球防衛共同体のメンバーは、ゾンビ・ウィルスの対策としてあらかじめワクチン注射を受けている。したがって、感染を予防できているのだ。君の場合はワクチンを打つ前にウィルスに感染してしまった……だから、このような形でしか治す方法はないのだ」

豊島教授はソウイチロウの淡い期待を否定した。

「みつぼはおちゅーしゃ、なかなかったよ!」

ミツボがソウイチロウの顔を見上る。

「そういうコトっすか……」

肩を落としたソウイチロウの手を、ハナコが両方の手で包み込むように握った。

「君があそこで咄嗟とっさにプログラムを修正して、ビームを使えるようにしてくれたおかげで、今もこうしていられる……。ずっと、お礼を言いたかったんだ。ありがとう」

ハナコがはにかんだような笑顔を見せる。
急いで駆け付けたせいか、顔が上気立っているように見えて、表情をより一層魅力的なものにしていた。

(ああ。やっぱり、この人の笑顔は最高だな……!)

ソウイチロウの視線はハナコの笑顔に吸い込まれる。

(俺は、この笑顔を見続けていたい! この人とずっと一緒にいたい!)

ハナコの笑顔は、一人で未来を生きることになるソウイチロウにとって、希望を見出させるものとなった。

「あの、冬眠から目覚めたら、俺にも何か手伝わせて下さい! 俺も皆さんのお役に立ってみせたいっス!」

ソウイチロウは地球防衛共同体への参加をアピールした。
それが叶えば、ハナコとずっと一緒にいることが出来る。
例え、生きる時間にズレが生じてしまったとしても。

「君のような若くて技術スキルのある者であれば、我々もとても助かる」

「色々と大変なことはあるけど、キミならやっていけると思うよ~」

豊島教授と一関博士は、ソウイチロウの仲間入りを歓迎する様子だ。

「ミツボ、聞いた? ソウイチロウがこれからも私たちを守ってくれるって」

もいっしょになるの!? やったー!」

ハナコの言葉を聞いて、ミツボがソウイチロウの足に自分の顔をこすり付ける。

「ふふっ、すっかり懐かれちゃったみたいだね。マグナスを倒せたのは君のおかげだったって理解してから、ずっとこうだよ」

はわたしたちのひーろーだよ!」

ミツボがソウイチロウの足を全身でぎゅっと強く抱きしめる。

「ま、参ったな。ハハハ……」 

好意を持っている異性の前で、他の異性に抱きつかれているところを見られるのは、いくら相手が幼児とはいえどこか気まずい。

「君が目を覚ました時には平和な未来が待っているよう、私は魔王や秘密結社と戦うよ。その時には……そうだね、あのテーマパークに遊びに行こうよ。私とミツボ、それから今はここにいないけど、オルヒデアも一緒に」

ハナコがソウイチロウの手を握る力が強くなる。

「でーとだよ! やくそくだよ!」

ハナコに後れを取るまいというのだろうか、ミツボも大きな声で言った。

「我々も、君と一緒に仕事ができる日が楽しみだ。そんな日が来るように全力を尽くして戦うことを、ここで約束しよう」

「キミが目覚めた時に、アタシがおばさんになっていても、無視しないでよね~」

豊島教授と一関博士もソウイチロウに声をかける。

自分には、未来でも待ってくれている人たちがいる。
ソウイチロウは覚悟を決めた。

「――そろそろ行きます! 俺、カプセルの中に入ります!」

ソウイチロウはカプセルの蓋に取り付けられたハンドルに手をかける。
金属のヒヤッとした感触がソウイチロウの体を走り、一瞬の躊躇ためらいが生じる。
しかし、自分の背中の後ろには、ハナコの視線があるのだ。

(ここで立ち止まっていては、格好がつかないじゃんか!)

ソウイチロウは勢いをつけて蓋を開けた。
カプセルの中からは、新品の機械特有の金属臭やプラスチック臭の混じった臭気が漂い、ソウイチロウの鼻をくすぐる。
ソウイチロウは呼吸を止めて、カプセルの中に体を押し込んだ。

「準備オッケーです! 始めちゃってください!」

カプセルの中にあるベッドに体を横たえてから、叫ぶように大声を出す。

「それじゃあ、気が変わらないウチに……ポチっとな!」

一関博士がカプセルに備え付けられたボタンを押すと、カプセルの蓋が閉まった。
急に完全な静寂が訪れ、ソウイチロウの耳には自分の心臓の鼓動音だけが聞こえるようになる。

(あ、ヤバイ。やっぱり、コレはちょっと怖い――!)

一度、蓋を開けて貰おうか悩んでいる間に、カプセルの中にはゴゴゴ……と機械の動く振動音が鳴り響いた。

(始まった――!)

ソウイチロウの意識が残っていたのはここまでだった。
装置の稼働とともに、いわゆる催眠スリープの魔法がかけられたのである。

ゴゴゴ……機械の音がカプセルの周囲に響き渡る。
カプセルに備えられた端末コンソールの温度計の表示が、少しづつ低い値に変わっていく。
しばらくの間、誰もがカプセルの中にいるソウイチロウを無言で見つめていた。

は、どうなっちゃったの?」

ミツボがハナコに聞く。
彼女の目線からは、カプセルの中に横たわるソウイチロウの様子を伺うことができないようだ。

「ソウイチロウはね、これから眠るんだよ」

ハナコがミツボの頭に手を置く。

「じゃあ、ぐっすりねむれるように、こもりうたをうたってあげるね!」

そういうとミツボは息を吸い込んでから、歌を歌い始めた。

「かーがーやーくー、ほーしーにー! こーこーろーのーゆーめーをー!」

それは、ディズニー映画のピノキオの主題歌、『星に願いを』だ。

「その歌、知ってるよ! ……祈ればいつか、叶うでしょう」

一関博士がミツボのメロディに合わせて歌い始める。

「……きらきら星は、不思議な力……あなたの夢を満たすでしょう……」

そしてハナコも、小さな声ではあるが、二人に合わせてハーモニーをかなで始めた。

「我々の長年の悲願――魔王討伐の夢。いずれの星に祈れば、叶うことになるのだろうか」

三人の歌を聞きながら、豊島教授は想いを馳せる。

「チヨ、私には……お前の未来を守ることが、できるのだろうか」

三人が歌い終わったとき、端末コンソールの温度計の表示は既にマイナス五十度に達していた。

こうして、ソウイチロウは一人、未来の世界へ向かって旅立っていった。